電話カウンセリングでとりとめもなく

話してしまい、何の話?ってなったのか???

 

特定のカウンセラーに話してみては?

 

ということになった。

 

初回はお仕事の特定の人間関係での相談。

 

記録に残っていなかったらしい。

 

何がストレスですか?

 

何がストレスなんだろう?

 

わりとのびのび自由にやっているのだけど

 

ほんのささくれがストレスなんだろうか?

 

私の気にしすぎ?

 

私自身がストレスなんだろうか?

 

ただただ最近考えているもやもやを

あーだこーだ話していて

 

カウンセラーは

 

何か悪いことあるの?

 

って感じで聞いていた気がした。

 

よくよく考えると私自身は幸せなんだ。

 

ちょっと外的刺激に過敏に影響されて

不幸になっているのかも。

 

うーんうーんと悩んでいた、何を話したらいいか

わからないんだけど、

もやもやもあって

ストレスもあって。

 

それは周りに話して周りと共有できないと

感じているからなんだろう。

 

そもそもストレス自体は悪ものではなく

ストレスをどうするのかが問題なんだろう。

 

カウンセラーでも友達でも上司でも

話せば、失礼かもしれないけど、

吐き出したみたいな感じはする。

 

その間もわかってもらえるだろうか?

変だと思われているんだろうなと

かなり気をつかっているのか

その後ぐったりしてしまう。

 

話したからなのか

気をつかってぐったりするのは

一人ではない世界ではいつものことで。

 

楽しくないわけではないから

心地よい疲れなのか?

心地よい疲れの疲労

ネガティブにとらえているのか?

 

両親も私のように疲れていたような記憶。

両親はポジティブなので寝たり気分転換したり

悩んだりしている様子ではないのだけど。

 

育ってきた環境、時代が違うというのもあるかな。

 

両親は本を読まないし、考え込まないし。

 

きょうだいもそうだから

 

だから疎外感を感じるのかな。

 

私も家族も私を受け入れられないというか

障害受容できていないというか

自己受容できていないというか。

 

そういうものだと諦めきれていない

開き直れていない

 

丸々自分を生きれていないんだろうな

 

そのままじゃいけない

 

どうにかしたい

 

って好転はの原動力でもあるけど

 

どうにもできないと無力感にも転じるし

 

そのままを受け入れる

 

今はこう、これでいいんだ

 

と受け入れたり、満足しないと

 

自分を生きている感じはしないのだろうな。

 

もっともっとではなく、身の丈。

 

マイノリティについてくる生きづらさなのか

 

周りと同じで安心するという安心感は

 

期待できない。

 

ティーネージャーの時からだけど

好きな音楽で周りの音をかき消して

眠り続ける

 

そうやって生きてきて

そうやって生きていくのかも?

 

生まれた時はよく眠り大人しく親を困らせない子

だったらしい。

 

カウンセリングも向いていない気がして

気が重いけど

 

何をどう話したらいいかの練習だったり

一人っきりで眠って生きていけるわけではないから

必要最低限の社会適応の練習になったらいいのかな。

 

はじめの電話カウンセリングの記事に

企業のせいだから苦情を言ってもいい

ブコメしてくださったブロガーさんの言葉に

救われた気持ちになりました。

ありがとうございます。

 

「課題の分離」が苦手で

自分で抱え込んでしまうのかも。

手放していけたらと思います。

 

カウンセリングの効果を実感できないとしても

会社で大変な状況でなんとか働いている私を

会社のサービスに預けて、

自分と家族から切り離していけたらいいな。

 

そういえば、電話カウンセリングで

ダラダラ話していた一番最後に

体調のことを気遣ってくれたことに

ハッとして嬉しかった。

 

体調のことをコンコンと話したわけではなかったけど

元々周りの人みたく元気はつらつではなくて

ダメだなと凹むこと、

サラッとしか話していなかったし

話していた時に聞かれた感じなかったけど

ちゃんと聞いてくれていたんだなって。

 

最近、悪化した体調のことは話さなかったのだけど

 

カウンセリングが終わり、ぐったりして

眠ってしまったら、その後は久々に

痛みがない感覚があった。

 

先週まで仕事の山が何個もあって

今週は無理そうだと家に引きこもった。

大丈夫かな?と1日だけ会社に行ったら

同僚に絡まれてドッと疲れて

もう今週は会社に行くまい

と自覚した週だった。

 

同僚に絡まれたことは誰にも話さず黙っていた

けど、別件でなんでその人に連絡をしているの?

と上司に聞かれて、話す必要があったわけではない

けど、経緯として伝えた。

上司の考えを聞いて私と同じ感覚で安心できたの

かもしれない。

実際、絡んできた同僚はその件を

私にも周りにも伏せて、

私や他の人の落ち度として主張してきていたから、

本人は何らかの形で感情をぶつけたかっただけで

実際、大した問題ではないことは本人も

わかっていて隠していたんだろう。

 

そうはいってもそれを受け止めるキャパと

経験値はまだ私にはなく

会社に行かず同僚との距離を置いたり

上司に出来事を共有することで安心できたんだと

思う。

 

いろいろな人と働いているから

お互い個性もぶつかり合うけど

上司が事情を把握してくれているかどうかで

気持ちはだいぶ違う。

自分だけで背負わなくてよくなるというか、

自分だけの問題ではないのに

自分の働き方のせいにされる

そう評価されるのはしんどいし、困るし、

仕事の問題もそのまま残り、どうしようもない。

 

そういえば、これまで短期間で辞めた職場は

それが原因だったかも。

先輩と上司の板挟み。

 

問題があっても上司が把握していて

その際にどうするかも上司が知っていた時は

問題があってもそれでいいんだと思えた。

 

自分でどうしようもないことは抱えてはいけないし

抱えられないですね。