嵐 と同世代でした

ので、その終わりは一アイドルグループの

終わりではなく、一時代が変わったのだと

感じました。

 

そういう意味では熱烈なファンではなかったけれど

オンラインライブを購入して視聴したのは

価値があった気がします。

 

ファンダムは変わらないように思えるけど

流行りはあり、その嵐世代の流行りは

過ぎていくという時代の自然な流れを実感した

ということです。

 

SMAPの時も思いましたけど嵐でほんとに最後を

感じました。

 

グループのあり方も次世代になっていると思うけど

 

過ぎ去ったと感じるのは

 

次世代についていけてないからというのもあります。

 

仕事や生活で目下必要なテクノロジーにはなんとか

雰囲気でついていっているけど

その時代のネイティブのようにはなかなかいかない。

 

うまくついていく人もいて賢いと思うけど

 

痛々しさも否めなく。

 

ネイティブにはなれないだろう。

 

その努力をした方がと思っていたけど

年重ねて疲れちゃった。

 

変化がスピードアップしているのもあり

 

そのスピード感に振り落とされても

 

しょうがないと認めないといけないのかも。

 

おじいちゃんおばあちゃんの言うことも

お父さんお母さんの言うことも

10歳20歳下の姪っ子甥っ子たちの言うことも

ズレているなと思っていたけど、

 

そもそもみんなズレてるってことだけど

 

自分がズレる側になってきたという現実が

見えてきたのは興味深いというか

それが歳を重ねるということなのか。

 

それが見えてきて、退き際を考える。

 

早いかもしれないけど、時代の流れが早すぎて

別の星で別の文化で別のコミュニティで

生きていくのもいいのかもって思う。

 

後は世代共生って対等ではないというか

パワーバランスがアンバランスに生まれていて

昔は年上を敬う、今は対等という名の若者を敬うに

感じている。

人口数的に希少価値が高まっているというのも

ありそう。

 

生きづらい世代、世知辛い世の中で

嵐を巻き起こそうぜって声かけでなんとか

支えられた世代だったのかもしれない。

 

今は、時代を乗りこなそうぜ⭐︎って感じがする。

それがキラキラスマートな。

泥臭くあつくるしいカオスな時代から

次世代へ。

 

なのに変わらず息苦しくその時代のメッセージを

抱えている。

 

オンラインライブを見ながら懐かしさや古さを

感じながら自分はその時代の人なのだ。

 

そして、場違いな時代の変化に苦しみ

それを耐えなく力は今でも未来でもなく

自分を作ってきた過去(時代)。

 

そのコラボがプラスになったりマイナスになったり

 

みんな持っているもので生まれて

生きていくんだなあ。

 

とわけわからないことを書いて、

今の思いを書いておく。

 

変わらないように見えて

少しは変わっていってるから。

 

思い出はキラキラ。

また過去になればキラキラになるから

みんなそれぞれのキラキラな人生✨✨

 

あつくるしい時代ではなくてもあつく生きたいんだ。